10. 社会的影響と集団力学
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1. 社会的促進と社会的手抜き
初期の社会心理学研究
私達の思考、感情、行動が、他者の存在によって、どのように左右されるのかを調べる研究
説得のように他者の意図的な働きかけに基づくものもあるが(→5. 態度と説得)、他者はただ存在するだけでも、私達の態度や行動に様々な影響を及ぼしうる 1-1. 社会的促進
他者が傍らにいる状況では個人の遂行成績が向上するという現象
リールを糸に巻きつけると、巻き付いた分だけ旗が進む実験器具を使って、少年少女を対象に実験
旗がゴールするまでのタイムを、単独で行う場合と二人で競争させる場合とで比較したところ、競争試行でより速いタイムを出す子どもの数が多かった
他者の存在は個人の成績を促進すると結論づけ、動機づけが上昇したためだと推測した 社会的促進はその後も多くの研究によって確認されている
他者が同じ課題(作業)を同時に行う状況
トリプレットの実験
他者が異なる観察者として存在するような状況
他者の存在が個人の遂行をむしろ抑制する
他者が存在すると、それだけで人を行動に駆り立てる動因や覚醒水準が高まるが、一般に覚醒水準が高まった状態では、その個体が持つ反応レパートリーのなかで上位にある反応(優勢反応)が出現しやすくなる その結果として、慣れている作業や単純な課題など、普段から失敗が少ないことを行うときには、他者の存在が遂行を促進するが、慣れていない作業や難しい課題では遂行が抑制される
社会的促進のプロセスをめぐる説はさまざま
他者の存在によって注意が散逸し、注意の限局化が生じることが関係しているという説 しかし単純な課題では社会的促進が起こり、複雑な課題では社会的抑制が起こるというザイアンスの主張は、約20年後に行われたメタ分析でも支持されている(Bond & Titus, 1983) 1-2. 社会的手抜き
社会的促進や社会的抑制で焦点となるのは、個人の課題遂行
集団で1つの課題を遂行する場合にしばしば生じる現象
フランスの農学者リンゲルマンは、20世紀初頭に綱引き、荷車を引く、石臼をまわすなどの集団作業時に一人あたりの作業量が減ることを報告している(Ringelmann, 1913) 2. 同調
2-1. 多数派の同調
他者はどのような存在であれ、存在するだけで私達の態度や行動に影響を与えるが、それが多数派を占める集団だった場合、より強い影響を及ぼす
単独で行えば正答率99%の課題
7~9名のうち1人が本物の実験参加者でそれ以外がサクラ
サクラが示し合わせた誤答をしたところ、本物の実験参加者の約75%が少なくとも1回、サクラと同様の誤答をした
自身では正しい判断をするための情報を十分に持ち合わせていない場合、他者の行動や判断は有用な情報と考えられうため、同調が促される
アッシュの実験では、サクラの中に一人でも本物の実験参加者と同じ回答をするものがいると同調率が激減する
これは情報的影響の影響力が低下するためと考えられる
同調は他者の行動を暗黙の規範とみなし、他者から拒絶されることを避けるために生じる場合もある
規範を無視することは、他者から非難されたり、排斥されたりする可能性を生むから
アッシュの実験では、互いに見知らぬ者同士で行われていたが、集団成員が既知の間柄であったり、特に親しい仲間同士(集団凝集性が高い集団→11. 社会的葛藤)であったりした場合には、こうした規範的影響の力はさらに強まることが知られている なお、同調をしたからといって、多数派の意見を完全に受容し、内面化しているとは限らない
多数派の意見に本心から同意して生じる同調
多数派から情報的影響を受けている場合に起こりやすい
本心では同意していないのだが、表面上多数派に合わせる場合
多数派から規範的影響を受けている場合に起こりやすい
2-2. 少数派の影響
時として少数派が強い影響力を持つことがある
実験参加者は4名の心の実験者と2名のサクラからなる6名の集団の中に入れられ、次々に提示される36枚のスライドの色を判断するよう求められた
それらは明度が異なるものの、ほとんどすべての人が「青」と答える色だったが、2名のサクラが繰り返し「緑」と答えたところ、真の実験参加者の8.42%にサクラと同じ用に「緑」と回答する者が現れた
たとえ少数派であっても異論を唱え続ける他者がいると、その言動が情報的影響をもたらし、多数派に少数はへの同調を促すと考えられる
ただし、そのためには少数派が一貫して異論を述べ続けることが重要
実際、36枚のスライドに対して「すべて「緑」と答えるのではなく、24枚を「緑」12枚を「青」と答えた場合には、少数派の答えに影響される参加者の割合は1.25%へと減少した
なお、この実験では、一連の課題を終了した後、別の実験と称して、改めて真の実験参加者に単独で類似の色判断を求めている
表面的には少数派の影響を受けたようには見えなかった実験参加者でも、知覚の規準が少数派の意見の方向にずれていることが明らかにされた
実験を経験する以前よりも「緑」とみなす知覚領域が広がっていた
このように、少数派の一貫した意見は、時には多数派による影響よりも内面的な同調になりうることがある
3. 服従と社会的勢力
3-1. 権威への服従
影響力を行使する他者が一人しかいない場合であっても、その人物が権威を持つ人物出会った場合、強い影響力を持つことも明らかにされている
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もっとも標準的な実験では40名の教師役のうち25名(全体の62.5%)が、最高強度まで電気ショックを与え続けたことが報告されている
それは、一般の人はもとより専門家(精神科医)の予測さえも裏切るものだった
教師役である実験参加者が、実験者を権威ある者と認識し、その指示に服従したからだとミルグラムは解釈している
3-2. 社会的勢力
地位や役割などを背景として、他者に自分の思い通りの行動をとらせる潜在的な力
たとえば、会社の上司は部下に賞罰を与える権限を持つため、部下の判断や行動に影響力を及ぼすことができる
このように被影響者の立場から見たとき
賞を与えることができる能力
罰を与えることができる能力
相手が専門的な知識や技術を持つと認知するために影響される
文化的・社会的な規範などを背景に、影響を行使する正当な権利を持っているとみなされる
相手を尊敬し、理想としていることから、その人と同じ用になりたいと考え影響を受ける
権威への服従実験の場合、実験者は教師役に対し、正当勢力や専門勢力を有していたと考えられる
3-3. 社会的インパクト理論
ある状況に置かれた個人が他者から受ける影響(インパクト)の起きさは、3要因の掛け合わせによって決まる
影響源(他者)の強さ
影響源の数(人数)
影響源の近接性(空間的、時間的近さ)
多数派や社会的勢力を持つ他者は確かに強い影響力を持つが、影響源と被影響者の距離が遠い場合には、その影響力は小さくなることが予測される
社会的促進に対応
多数の観察者が影響源として一人の被影響者を観察する起きにはそのインパクトは強くなるが、一人の観察者が多数の人を観察するときには、その影響が分散されてインパクトは弱くなる
社会的手抜きに対応
4. 集団力学
複数の人々からなる集団においては、相互に影響を及ぼし合うことで、個々人の行動の集合としてだけでは既述できない「場」が生まれる
4-1. 集団凝集性
集団には、その集団内に成員をとどまらせる方向の力が働く
凝集性が高い集団では、自分を集団の一員とみなす集団同一視の傾向が強いために内集団バイアスが起こりやすい また成員間の影響力が強く、集団規範に沿った行動が見られやすい
こうしたことから集団意思決定の場面などでは望ましくない結果を生むこともある(後述)
しかし、集団凝集性が高い集団では、集団の目標の達成に向けて成員どうしが協力的になるため、課題の遂行レベルが上がるなど、全般的には望ましい傾向が見られる
また以上のような傾向は双方向で見られ、たとえば、成員が協力し合い課題の遂行が上がると、成員にとってその集団はさらに魅力的になり、その集団にとどまらせようとする力も更に強くなる
なお初期の社会心理学では、一体感のある集団に集団の「心」を仮定し(集団心や集合心と呼ばれた)、それがまるで1つの意思を持って行動しているかのように記述されることもあった 現代の社会心理学においても、こうした考え方は基本的に引き継がれている
4-2. 集団規範
同じ集団に属していると、成員は互いに似通ってくるようになる
これは集団成員の思考や行動の準拠枠となるような集団規範が形成され、それに従わせようとする力が集団内に働くため 真っ暗な部屋の中で、小さな光点を凝視していると、実際には静止していても、次第にそれが動いているかのように知覚される現象
この実験では、まず参加者を一人ひとり暗室に入れ、光点がどの程度、移動しているかを繰り返し判断させた
その結果、人によって動いているように見える距離には個人差があることが明らかになった
次に判断の値に差が見られる参加者2~3名を1組のグループにして、同時に暗室に入ってもらい、光点の移動距離を口頭で順に答えてもらうことを繰り返した
このように他者の判断が耳に入ってくる状態で、それぞれに判断を求めたところ、判断を繰り返すにつれ、当初は個人差が大きかった判断値が、次第に一定の範囲内に収まるようになり、そのグループ固有の判断値が生まれていった
このような判断の収束過程は、ある集団内で規範が形成していく過程によく似ている 規範
ある集団内でなすべきとされる、あるいはなすべきでないとされる行動や判断の規準のこと
規則や法律のように明文化されたもののほかに、集団の中で暗黙のうちに共有されている社会規範などが含まれる
しかし、集団を構成するのは異なる個人的背景や価値観を持つ人々であるため、初めから適切な規範が形成されるわけではない
集団成員が互いの価値観を参照していく中で、次第に誰もが許容できる集団規範が形成されていく
卑近な例で言えば、特定の対象物(タレント、本、映画など)への態度も、このような過程の中で収斂していく
興味深いことに、シェリフの実験では、集団内での判断をさせた後、個別に光点の移動距離を判断する機会を設けると、集団内で回答した際の判断値が維持される傾向があることが示されている
集団内で回答した際の判断値が維持される傾向があることが示されている
当初は、個人によって大きく異なったはずの判断が、一旦、集団内で修練すると、その後もそれぞれの個人の中に持続していく
規範や価値観も、このようにして維持されていくものと考えられる
4-3. 集団浅慮
私達はふつう、多くの人が意見を出し合えば、その相互作用によって、よりよいアイディアが生まれ、個人が行う判断よりも優れた判断ができると考えがち
ジャニスによれば、集団凝集性が高く、外部の意見に対して閉鎖的な集団においては、強力なリーダーが意見を示すと、他の集団成員が他の選択肢を考えなくなる
また異なる意見を持った者がいたとしても、集団全体の結束が乱れることを恐れて意見の表明が控えられるため、あたかも集団全体の意見が一致しているような錯覚に陥ることになる
結果として、討議に必要な情報が十分に収集されず、議論も尽くされないままに質の悪い決定がなされてしまう
4-4. 集団極性化
集団による意思決定は、個人が行う意思決定よりも危険で冒険的なものになりやすいことも知られている
リスクを伴うが成功すれば高い利益が得られるものと、安全だが利益はあまり得られないものとの間で、主人公がどちらを選ぶか迷っており、実験参加者がその決断に対して助言を与えるという設定
実験参加者にはどの程度の成功確率であれば、リスクを伴う行動を主人公に勤めるかが尋ねられた
その際、まず個人で判断をさせた後、6人で討議をさせ、全員一致のルールの下で結論を出させると、集団の決定は、討議前の個人の決定を集約したものより、リスクが高い決断をする傾向があった
さらに実験参加者には数週間後に再び戻ってきてもらい、今度は、個人で同じ判断をさせると、討議前に個人で行った決定よりもリスクが高い決断をする傾向が見られた
これは集団討議による意思決定が個人の決定に影響を及ぼしていること、またその影響は数週間にわたって持続していることを示している
ただし、その後の研究では、集団討議がむしろより慎重で保守的な結論を生み出すという逆の現象が存在することも指摘されている
集団討議の結果が、より極端な方向にシフトすること
結局のところ、討議の結論が危険な方向に向かうか、安全な方向に向かうかは、集団成員の討議前の意見分布に依存しており、集団討議を行うと、もともと優勢だった意見がより極端なものになるようだ
集団での意思決定が常に問題のある結果を導くわけではないが、集弾性員の意思の総和ではないということには注意したい